01/09/2010

しなやかに生きる

 1月9日付、朝日新聞の土曜日連載で、日野原重明「98歳・私の証 あるがまま行く...

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10/10/2009

カトリック聖職者裁判員辞退の方針

 これは去7月16日の朝日新聞の記事である。日本カトリック司教協議会では、原則と...

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05/19/2009

安静は無駄で有害?

毎週連載のクリスチャン・ドクター日野原重明さんの「97歳・私の証」を興味深く読ん...

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04/04/2009

天国銀行 

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02/27/2009

日本で召天したディエゴ・パチェコ神父

今年1月31日朝日に載っていた記事であるが、日本名は結城了悟さん。86歳で08年...

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01/29/2009

ハーンの作った試験問題

 これは昨年8月の新聞切り抜きで、いささか旧聞に過ぎるが、まだブログに載せていな...

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12/17/2008

一番でなくてよい

先週テレビを観ていたら、元オリンピック選手であり長距離ランナーでよく知られている...

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12/01/2008

キリシタン灯篭

昨日の朝日新聞に叺田松雄さんの”「鞆」撮りある記”という文章と写真が目に留まった。
 鞆の浦は福山湾に面した漁港で「鯛網漁」ではよく知られている処、最近の話題は、旧い町並みを保存する運動が起きている。福山市は一部地元の要望で港に面したところに架橋工事して自動車道のバイパスをつけることが市議会で可決したが、それでは歴史のある鞆の浦の景観は無くなってしまうことになるという。有識者の意見を聞くと、この自動車道バイパス工事に概ね反対のようである。
 この反対運動とは直接関係ないが、鞆の古寺、阿弥陀寺にキリシタン灯篭が残っているとして写真が載っていた。高さ60センチほどの石柱で中心に小さな童子が浮き彫りされている。石柱上部は丸みがあり十字架を思わせるようだ。
 解説によれば、鞆は古くから西洋との交流があり、関ヶ原の戦いの後、備後地方を領有した福島正則のもとで布教活動がなされていという。その時代の名残だというのである。
そうかも知れないが、「キリシタン灯篭」はそもそもキリシタン迫害の時代に、隠れキリシタンらが、茶道の中でキリスト教の聖餐式を守り礼拝をしていたことと深くかかわっているものである。(聖餐式と茶道の所作が似ていることと、庭に面してキリシタン灯篭を置いた)。
 キリシタンの迫害は三百年以上続いているが、この灯篭は中国地方では、萩、津和野、松江などに遺跡として保存されている。福山藩主の許にも長崎4番崩れの時にキリシタンが移送されてきたという記録もあるので、時代的には、大分開きがあるようにも思われる。
ともあれ近い町なので、一度訪ねて見たいと思った。

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10/02/2008

光不足は病気になる

 朝日新聞に「ひかりのカルテ」と言う極めて興味深い文が載っていた。先ず季節によっ...

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08/29/2008

路傍の石

これは山本有三が1936年に書いた作品である。翌年日中戦争が起こり時の政府は「児...

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07/12/2008

黙すことの難しさ

   三育協会(アドベンチスト教団出版部)のサインズ7月を頂いたが、その中に山北...

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06/22/2008

花の日

「花を咲かせ、わたしたちに下さった神さま」  イザヤ35章1~2節  きょうは、...

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05/22/2008

神の名を呼ぶ

 祈祷会で、加藤常昭著「祈りへの道」を通読しているが、第8章「聖化される祈り」の...

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05/05/2008

生きる意味の発見

 浜松医大附属病院心療内科医の永田勝太郎さんの対談記事が朝日新聞に載っていた(0853)。タイトルは「生きる意味に気づく

永田さんはスイスの精神科医ビクトル・フランクルとの親しい交流があった方である。フランクルよく言っていたのは「どんな人間にも意味がある。その意味に向かって突き進むときに人間らしさが発揮される周りの人にできるのは、その意味に一緒に気づくこと」という。

ある時ふと浮かんだのが、学生時代に読んだフランクルの『夜と霧』でご本人に手紙を書いたら返事が来て「ウィーンにいらっしゃい。ホテルに着いたら電話を」。ふっとんで行った。それから亡くなるまでの十数年、休みがとれると会いに行ったそうだ。“先生は、ささいなことでも笑いに変えるユーモア精神の持ち主。一方で、ご自宅には、アウシユビッツで亡くなった人を運ぶ絵がかけてあった。自分に起きたことは、事実は事実として、どこかクールにみていた。先生が亡くなった翌年、僕は末梢から筋肉が萎縮して力が抜けていく病気で寝たきりになった。寝返りも打てない。温泉病院に転院して毎日リハビリしたが、良くならない。もうダメだ。先生の奥さんのエリーさんに「ごめんなさい。先生の元へいきます」と手紙を出しら返事が来て「彼がいつも育っていた言葉を贈ります」。〈人間は誰しも心のなかにアウシュビッツを持っている。でもあなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない

何百回も読み返した。心のなかのアウシエビッツとは、生死を分かつような苦悩のこと。もしまだ僕を待っている何かがあるとしたら、何だろうか。それは医学教育だと思った。約2年休んで復帰した。多くのものを失ったけど、いまは杖もいらない。

いま、生きていてよかったと思うことは何か。それは医療職にとって一番避けたい話題は死。「先生私、死ぬんですか」って聞かれたとき、答えられない。だけど、いまは言える。「いいか、これは医者として言うんじゃない、人間として言うんだよ。僕は三途の川まで行って来たからね。だから今、生きていることが楽しくてしょうがないよ。あんただって今、生きてるじゃねえか」と。

Photo

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04/26/2008

平和の象徴ハト

   新聞記事に「平和の象徴に受難の時代」というタイトルの記事があった。ハトが何故平和の象徴なのか、余り知られていないが、聖書創世記のノアの洪水物語(8章11節)から来ている。新しい大地が到来した時にそれをいち早くオリブの葉をくわえてノアに知らせたことから、平和の象徴ということになったのである。以前煙草の「ピース」に絵柄でこれが画かれていた。

 鳩を人が飼いならしたのは紀元前3千年頃からだという。紀元前776年ギリシャで行なわれたオリンピックで優勝した選手の快挙を伝書鳩で故郷に伝えたというが、日本では第1次大戦中軍用通信に12万羽も活躍したというから、鳩は何も知らないで人間に利用された訳である。

 日本で戦後ハトを飼うブームがあったという。400万羽が伝書鳩で登録されていたが、今は飼い主も半減し、、生活環境が変わって余り見かけなくなった。受難の時代というのは、フンや鳴き声が嫌われていることで鳥害となっている。公共の場所から排除され餌を売ることは勿論、やることも禁止されているという。携帯電話の普及は鳩の方向感覚を狂わされているそうだ。人に慣れ慣れしいことから親しまれた鳩も、自然に帰ることは難しいだろう。

   キリスト教会では鳩のイメージは神の聖霊として受入れられている。山鳩として生息して欲しいものである。

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