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01/23/2008

デジタル思考

   中国新聞に山本晴義さん(横浜労災病院勤労者メンタル・ヘルスセンター長)の「働く人のストレス対処法」という記事がありました。

それは世の中で、すべてを白か黒かで考える癖がついていたり、結果が出なければすべて無駄だと思ってしまう「デジタル思考」に問題性を示していました。

デジタル思考は正確さや効率性を求めるのには最適ですが、想像力やゆとりなどを奪い、仕事を続けていると必要以上に自分で自分を追い詰め、ストレスを増加させことになるのです。世の中にはプレッシャーに強く、競争社会で生きることを得意とする人もいますが、そういう人ばかりではないのです。時にはアナログ的な考え方を取り入れていく必要があるのです。考え方をアナログ的に柔軟に切り変えられると、心に余裕が生まれ、アイデアがわいてくることもあります。

 たとえば、会社の方針と違うことばかりを主張する部下がいると、「一緒に仕事ができないから排除しよう」と考えるのがデジタル思考。そうではなく、「人の数だけ考え方があるのだから「丁寧に話を聞いてみよう」と考えるのがアナログ思考だという訳。

 一人一人違って当然と考えられるなら、自分の心も楽になる。無理に意見を変えさせようと躍起になり、排除しようとすると余計に人は、頑なになる。

現代は、便利で分かりやすさが尊重されるデジタル的な世の中で良い・悪いといった二進法的な考え方では判断や解決できない問題がたくさんある。無理に白黒つけようとせず、アナログ思考に切り替えてストレスを減らすことを勧めている。

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01/15/2008

「待った」と「悪手」

 将棋の米長邦雄さんが東京都教育委員会の委員長を8年務めて昨年1220日退任されたたが、朝日新聞に今春の学習指導要領改訂に関連した文を載せていた。その中にこんな記事があったので、引用したい。

 「『ゆとり』から私自身も学んだことがある。将棋の対局では最善手を指すことと『待った』をしないことは絶対である。しかし『ゆとり』では、『待った』と『悪手』を奨励することこそ大切なのである。『ゆとり』は、児童生徒が失敗をしてやり直すことを前提とする。総合学習では、自らが学習の主体となり、失敗やつまづき、成功や達成、あるいは困難や障害を乗り越える大切さといった経験を、自分のものとして感受する。また獲得した知識や技能の有効性や可能性を、体験を通して検証したり修正したりすることによって『生きて働く力』へと高めていく。

 最善手を指さなくてもよい。失敗したら、どこで

(

つまづ

)

いたかをじっくり考える。その体験こそ『ゆとり』の神髄である」と。

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01/09/2008

癌と向き合う

 殆んど買わない読まない週刊誌だが(もっとも病院の待合室は例外だが)、新聞広告で、“著名人21人の証言「がんと生きる、がんに生きる」”という記事を見て先般買って来た。がんとの向き合う態度はみな違っているが、手術が終わっても再発の不安を抱いている。「がんと生きる」のは誰でも勇気を要する。小見出しを拾ってみると「再発してもとればよい」、「本当の闘いは手術後だった」、「今のほうが生きている」、「お洒落とおすしでふっきる」等。

その中に「手術中に『ナイスショット!』」というのがあった。69歳の写真家、健康診断の内視鏡で悪性タイプと胃がんが判明した。転移が早く手術なしの治療法は予後が悪いということから手術を決断したとか。

自分にとって最善の治療法を選びたいと何度も主治医と話し合ったので、手術台に乗った時はすっきりした気分でした。あとで医師に聞いた話でしたが、ゴルフ場でプレーする夢を見たのか、突然『ナイスショット!』と叫んだそうです

術後生きることを再取得してから何でも真剣にやりたくなったそうだ。「例えば今まで漫然と目の中に入れていたものでも、目を凝らしたいと思うようになりました。

人は意外と曖昧に物事を見ていますが、…一瞬に重みを置くようになったら、今まで目に入らなかったものが見えるようになりました」と述べている。

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