神の名を呼ぶ
祈祷会で、加藤常昭著「祈りへの道」を通読しているが、第8章「聖化される祈り」の本文に、心に留まった文があったので、少し引用したい。
「神の名を知らなければ、祈ることはできません。しかし、神の名をちやんと知って、呼ぷことができるようになったら、その神の名を呼ぷだけで、そこに関係が成り立つのです。丁度、自分の好きな母親がそばにいてくれて、「お母さん」と呼べば、はっきり返事をしてくれなくても、こっちを向いてくれるのと似ています。それ以上の会話はいらないでしょう。親子の間には、それで通じるものがあるのです。…略…私どもと神さまとの間にも似たようなところがあるのではないでしょうかアッシジのフランチェスコという人のことは御存じでしょう。この人の最初の弟子になったの、ベルナルドという人でした。この人は、富裕な商人でしたが、ある時、自分の家にフランチェスコを招き、自分の寝室に一緒に寝てもらいました。彼が眠ったものと思ったフランチェスコは、起き上がって祈りを始めました。それは、「わが神よ、わがすべてよ」という言葉だけの祈りでした。それが朝まで続いたのです。この祈りを眠ったふりをしたまま聞いたベルナルドは、そののちに弟子になる決心をしたと言います。
このよく知られた物語も、祈りとは、何よりも神のみ名を呼ばせて頂くことであるということを、よく示していると思います。もし皆さんの中で、祈ることはむずかしい、特に祈りの言葉を見出すのがむずかしいと思っておられる方があれば、神の名を呼びさえすればよいのだということを、一度よく考えてみてくださるとよいと思います。神の名を呼びさえすればよいのです。少なくとも、祈りはそこから始まります。」
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