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07/12/2008

黙すことの難しさ

  

三育協会(アドベンチスト教団出版部)のサインズ7月を頂いたが、その中に山北宣久牧師の“笑いとエスプリ”という記事が載っていた。ゲーテの日記にマクア・クルム教会を訪問した時、説教壇に「言葉は沈黙に基づく(Lingua Fundamentum Sancti Silenti)と彫刻されているのを見て心動かされ、手帳に書き写したということを紹介している。沈黙を経ない言葉は軽く、その場限りの思いつきで何も後に残らないということ、静かに深い沈黙の中で祈り、内面的な世界を掘り下げて外に向って語り伝えるというのが説教ということになるだろう。「沈黙は神からの言葉を思い巡らす領域」と山北牧師は結んでいた。

以前東京の「イエズス会黙想の家」で神学生の退修会が三日間あり参加したことがあったが、プログラムに沈黙を取り入れた処、会が終わった後の感想でH教授が音を上げて不評だった。教団出版部の「説教と黙想」シリーズの書物がいつの間にか「釈義から説教」に変わっているのを見ても、牧師は黙想が苦手であるようだ。

50年前、補教師試験に提出する説教の聖書箇所が詩62であった。その1節「わがたましいは黙してただ神を待つ。わが救いは神から来る」とあるが、この原文の「黙して」(ドゥミヤー)は、「黙して・待つ」の一語である。

いつも思い出している。

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